2016年6月5日日曜日

どうやって理想的な学生を作れるのだろう?・ How do you make the ideal student?

先週、英語の先生と一緒に僕たちの学校の英語教育について、珍しい会話ができた。普通に彼女は忙しくて、英語教育という大きい話題について話さないので、珍しい会話だと思う。

最初に先生は英語文化の話をした。英語母語の世界の中でどんなマナーや行為があるのかと聞いた。例えば、日本では視線を長く合わせるのが一般ではないけど、英語母語の世界の中で普通だと言った。同じく、学生が勉強したほうがいいマナーは他にもあるか知りたかった。

視線を合わせることとはっきりと話すことは一番大事なマナーだと答えた。僕はアメリカの中学校に行く経験がないので、その頃のアメリカ人の学生は教室でどう行為するか知らないけど、うるさいクラスと静かなクラスがある気がする。大学では静かなクラス(だいたい、日本語のクラス)と元気なクラス(政治に関してのクラス)があった。だいたい、3、4人の学生に支配されて、他の皆が黙るクラスが多かった。

日本の学生といえば、一番困るのは静かな学生だ。何の日本学校でも静かな学生が問題だ。ALT、塾教師、英語教師などなど、みんなは同じことを言う:日本人の学生は黙りすぎる。その話題について詳しく書けるけど、今はやめる。

とりあえず、学生にはっきりと話すことを励ますのは大事だと言った。

しかし、論理的に考えば、次の質問はどうやって励ませるかってことだ。それに関連づけている先生の質問だが、「理想的な学生は何ができるのでしょうか」と聞いた。もちろん、視線を合わせることとはっきりと話すことは最低だ。それに加えて、理想的な学生はなぜ英語を勉強しているかわかっている。この学校は畑に囲まれている。学生たちは田舎の田舎に住んでいる。英語世界をどうでもいいくらいレベルにしている。どうやって将来に英語を使えるか教える具体的な例が必要だ。解約者やビジネスマンがどうやって英語でそれらの仕事をできるようになった日本人のユーチューブの動画を見せたらいいと言った。

学生たちはなぜ英語を勉強しているかわからなかったら、好きに手を上げたりするわけないだろう。話す報酬がなかったら、黙らなくて、話す理由を見えないだろう。

英語で話す自信を持っている学生はいかにもそうしようとしない。なんの学科を教える教師にでも徐々にその自信を植え付けることは仕事だが、我々英語教師はそのために努力しないといけない。そうしないと、学生たちは馬鹿にされるリスクを取らない。理想的な学生は話す自信を持っている。

学生の中に自分自身を植え付けるのは難しいね。普通に、ある障害に向かって乗り換えると自信をつけてくる。ただし、学生もさることながら、ほとんどの人が障害に向かない。できれば、逃げる。一般的に言えば、失敗が怖いので、新しいことをやってみない。

でも、とても大きい例外がある:ゲームだ。子供は新しいゲームをやってみて、自分のレベルは相手のレベルと違っても、ゲームをやり続ける。試合で負けても、野球をやり続ける。負けても、柔道を練習し続ける。新しいテレビゲームをやってみて、ゲームオーバーが出ても、リースタートしてもう一度やるんだ。

なぜって?答えは明らかだ:楽しいから!

英語のことわざがある:目的地よりも道のりが大事だ。

英語をペラペラに喋れるようになる道に、学生は何をしている?教師はどのように指導している?

先生と会話していた時に娯楽の大事さと力を強調した。道のりを楽しんだら、目的地まで行くのは楽になる。ある楽しい活動は難しくても、僕たちは諦めないだろう。やり続けたい気持ちがある。なので、先生に言った通り、スポーツをやる学生たちはスポーツをやれる!っていう自信は他の活動にも持つことになる可能性がある。だからこそ、子供たちはスポーツをすることを励まされる。

学生たちは黙る理由は:
  1. 英語を勉強する目的意識を理解しない。
  2. 黙るのは安全だ。
  3. 英語の授業に行きたくない。
理想的な学生は:
  1. 英語を勉強する目的意識を少しでも持っている。
  2. 話すことに自信を持っている。
  3. 英語の授業に入るのは嫌いじゃない。
もちろん、先生は「どうやって理想的な学生を作れるのか?」と聞いた。

読者はその質問の問題がわかるのだろう?

その質問の言い方について先生と話す時間を取った。学生は作られていない、自分を作ると言った。彼女は「そんなに言葉を気にするなんて・・・」って反応をしたが、僕の言うことが正しいと認めた。しかし、学生たちは工場のようなシステムに入っている感じがして、嫌だという気持ちでそのシステムを対抗する。教師たちはその考え方、理想的な学生を作るのは教師の仕事だという考え方によって、教育的な行き詰まりまで導かれる。何キロの距離に畑に囲まれている学校の教師が学校が工場ではなくて、畑のようなところだとわからないことは悲劇的な皮肉だ。学校は有機だ。楽しい活動は田んぼに浴びる太陽と雨のようで、つまらない活動は全部をチリにするバッタと渇水だ。

理想的な学生を植えるために、学生に目的意識と自信を与えないといけない。自信を与えるために、学生たちは挑戦に向かって乗り越えなければならない。しかし、目的意識がなかったら、そして挑戦はつまらなかったら、どうでもいいって思うだろう。楽しくなかったら、挑戦に向かって、乗り越えて、自信を持つようにならない。

楽しい挑戦は学生にすぐに目的意識を与える。通訳者やビジネスマンの話にインスパイアされる学生がいる。それらの学生は遥か先の将来を見て、目標のために努力することができる。一方、ほとんどの学生は違う。短期的な目標に集中するもんだ。楽しい挑戦は短期的な目標を表す。ことゲームを優勝するために、あれこれしなくてはいけないって!

ちょっと考えてみて。自分が11歳の男子か女子だと。先生は二つのことをいう選択があって、その中から一つだけ言うんだけど、どっちがいいのだろう:

「今日、”Are you from…?”を言えるように勉強する。」

それとも

「今日、マリオカートをやるけど、ゲームを出来るために “Are you from…?”という表現がわからないといけない」

じゃあ、どっちを聞いたら、文法を勉強することに興味を与えるのだろう?二つ目が圧倒的に勝つだろう。先生は一つ目の言い方を使ったら、学生は遥か先の将来を見る能力と英語を勉強する興味が必要だ。二つ目は今日のゲームをする目標だけでいいんだ。

教室の中に、娯楽は教育に強い道具だ。先週、アパート行きの電車の中で、僕の学生は周りに何人立って、僕に話しかけた。みんなは学校が嫌いだと言った。お世辞だったかもしれないけど、マイカ先生以外の先生が嫌いだと言われた。ある学生は僕がしたマリオカートのゲームが好きでまたやりたいと言った。僕は他の先生が学生から「先生の活動をまたやりたい」って言葉をあまり聞かない気がする。

しかし、授業の中で学生ができるインプットは物足りなくてつまらないので、あまり効果的ではない。誰でも重量のインプットが必要だ。つまり、教室の外のインプットが重要だ。宿題で先生は学生にインプットを与えるけど、誰でも宿題をしたことがあるので、平均的な学生に宿題が有効が低くてつまらないことがわかっている。

娯楽の力をまた強調した。音楽を例にした。ある曲が好きだったら、頻繁に聞くのは普通なのだろう。歌詞をちゃんと聞いて、一緒に歌うこともする。音楽は学生に好かれて、ネイティブの発音を聞こえて、何回も聞いて発音するので、インプットとして完璧だ。自然なシャドイング!何時間のインプット!マジで、教室の中に、教育的な有効には音楽の力と比べることがない。

僕たちの学校では毎日の授業の前に音楽を聴いて一緒に歌う。先生は音楽の評価と実用が曖昧にわかることが明らかだ。でも、音楽を聴いた後、学生たちが1分でできるだけ早く音楽の歌詞を読ませて、どのぐらい言葉を読んだか記録させる。全くうんざりで、音楽を聴くことから楽しさをしぼり取る。学生が音楽からインプットを受けることが先生はわかるけど、学生が退屈だったら、そのインプットがあまり有効的ではないことがわからない。

しかし、先生に言う時に、僕の考え方をもっと丁寧に伝わらないといけなかったので、活動の楽しさに集中された方がよくて、活動の退屈なところが抜かれた方がいいと言った。活動の楽しさは活動の教育生を隠すって!

長い話で娯楽を教育的な道具として扱う利点を説明した後、先生はどんな形で娯楽を使えるかと聞いた。僕は「ゲームと動画と音楽を使えばいい」と言った。当時までビデオについてあまり話さなかったので、子供に対して、ビデオの魔法性を説明した。みんなは幼い頃からテレビを見るだろう。ビデオは注目を引くすごい能力を持っている。もう一人の英語教師は最近、ビデオをクラスで見せて、子供達はよーく見ているねって述べた。学生たちは魅了された。

その当時まで、先生は40分で僕の話をよく聞いて、僕にクラスを楽しくする方法について詳細な質問を聞いた。しかし、先生が行う活動が学生たちを忙しくするためもさることながら、学生をコントロールするためだことがわかっていた。去年、先生のクラスはうるさくて全然注意をしなかった。。授業中に5つぐらいの会話は同時にされることが多かった。全くの大混乱になっていた。今年、学生たちが忙しいので、そんな大混乱がなくなった。先生の技術が有効的だったことがはっきりだ。

なので、先生はまたクラスのコントロールを失う事を心配していて、新しい事をするのを怖がっていることが、僕はよくわかった。なので、有効的に使えば、娯楽がクラスをコントロールする技術としても使える事を説明する時間を取った。親子関係の霊を使った。いい親は子供と一緒の時間を過ごしたりすることで子供の行為などをコントロールする。子供の居場所がわかったり、子供は危険な事をしたりしていないことがわかる。悪い親はテレビで子供をコントロールする。テレビはおろか、ビデオの力が重力だ。ゲームも同じだ。

なので、ビデオがいいインプットの源や将来の仕事を紹介する方法だけではなくて、クラスをコントロールする道具としても使えると説明した。もちろん、他の娯楽の形も同じだ。クラスを楽しくすることはコントロールを失うわけではない。逆に、もっとコントロールするようになるかもしれない。

僕の長い話を聞いている間に、先生はよく聞いたり、メモをしたり、一般的に僕のアイデアに興味があったりした。僕たちの学校は特別英語教育学校になる学校とした選ばれて、その先生は学校の英語教育を上げる担当者になったので、僕のアイデアに特に興味を持ったかもしれない。だから、この会話は珍しいと言った。ほとんどのALTは僕のように英語教師に影響をする機会があまりないと思う。

それに加えて、僕は先生に授業と外でしようと考えているアイデアを言った。以前に書いた通り、昼ごはんを食べた後、学校の周りに散歩して、学生たちと一緒に時間を過ごすようにした。普通に小学生たちは僕と遊びたい。ある日、一人の少女は英語の絵本を持ってきて、みんなで英語の言葉を発音したりして、小学生に色々な質問をされた。

それで、昼ごはん後の英語の遊びができる機会を作ったら、学生たちは英語に慣れることが早くなるなと思った。先生はもっと早く英語の文化(はっきりと言ったりすること)を教える興味があるので、多分、昼ごはん後の英語の活動に興味がある。

もう始めた活動の一つはEnglish Radioだ。昼ごはんの時に、5分で英語の放送をする。音楽を流したり、ちょっと話してからクイズをしたりする。教師をインタビューすることも考えていた。もちろん、英語で。先生をもっと知ることができるようになるし、先生たちも英語ができることを学生たちに伝わることになるから。インタビューした先生は学生に「英語の勉強を頑張って」と言ったら、信頼性を持つようになる。そして、学生に先生が英語を話す勇気を持っていることを示す。先生は学生に良い模範になるだろう。

先生はそのアイデアがすごく好きだった。またその話をして、どうやってインタビューする先生を選ぶか考えてくださいとお願いされた。将来にはもっと忙しくなる予測する。

***

Last week, I had the rare opportunity to talk to an English teacher I work with about English education at our school. It was rare because usually she is too busy to have a long chat, and because of the subject of the conversation itself.

First she started by asking me about “English speaking culture”. She wanted to know about basic behavior/manners when speaking in English. For example, she said that in Japanese it is common not to make eye contact for long periods of time, but in English, that is common. She wanted to know if there were any manners that students should learn.

I answered that eye contact and speaking loudly and clearly are the two most important manners that English speakers generally learn. Since I never went to junior high school in the US, I don’t know what native speakers at that age act like in class, but my feeling is that there is a good mix of quiet and energetic students/classes. At the college level, my experience is that there were classes that were often quiet (some Japanese classes were really quiet), but other classes were lively (classes related to politics were especially lively). Most classes were dominated by a few active students while the rest just listened.

Easily the biggest problem Japanese students have is being quiet. It’s a chronic problem across Japan at all levels. ALTs, juku teachers, English instructors, they all say the same thing: Japanese students won’t speak. I could write at length about my thoughts on that subject, but that’s an entry for another time.

Anyway, I told the teacher that encouraging the students to speak loudly and clearly is important.

However, the next logical question is how do we encourage them to speak? That is related to the next question that the teacher asked: “What can the ideal student, at minimum, do in an English class?” Obviously, making eye contact and speaking loudly are two minimum abilities they should have. In addition, I said that they need to understand why they are in English class. These students are surrounded by farms. They live in an rural town within a rural prefecture. The English speaking world could not be farther from their minds. They need concrete examples of what futures they can have with English. I suggested showing Youtube videos of English speaking Japanese talking about their jobs as interpreters, business people, etc. and how English made those jobs possible.

If the students don’t know why they are in English class, why should they want to participate in the class by volunteering to answer questions, etc.? Why speak when it is safe to stay silent and there doesn’t appear to be any reward for talking?

Indeed, students that don’t have confidence in their English abilities won’t even try to speak. Instilling confidence in them should be the job of all teachers in all subjects, but specifically in English class, we English teachers need to help build their confidence. Otherwise, they will avoid the risks of looking stupid in front of everybody. Ideal students have the confidence to volunteer to speak.

The tough part is instilling confidence in them. The usual way people become confident doing something is by facing an obstacle and overcoming it. However, the majority of people, let alone students, avoid facing obstacles. They run away if they can. As a general rule, they don’t try new things because they are afraid of failure.

There is a large and very important exception to that rule: games. Children regularly try new games, and continue playing games regardless of their skill level compared to other kids. They play baseball and continue to compete even if they lose a game. They practice judo even if they lose in a competition. They play new video games regularly, and even if they get a “Game Over” in the game they play, they restart and try again.

Why? The answer is obvious: because it’s fun!

There is an English proverb that goes like this: It’s not the destination, but the journey that matters.

On the journey to English fluency, what are students doing? How are teachers helping them on their journey?

I strongly emphasized the importance and power of entertainment in my conversation with the teacher. Fun on the journey makes getting to the destination easier. When an activity is fun, even if it is difficult, we don’t stop doing that activity. We want to continue it. That’s why, as I told the teacher, students that do sports have a good chance of transferring the sense of confidence they build while playing sports to other activities. Children are encouraged to play sports precisely for that purpose.

The students are silent because:
  1. They feel no sense of purpose learning English.
  2. It’s safer to stay silent.
  3. They don’t want to be in class.
The ideal student:
  1. Feels some sense of purpose.
  2. Feels confident to speak.
  3. Doesn’t mind being in class.
Naturally, she asked, “How do we make the ideal student?”

Can you see the problem with that question?

I took a moment to talk to her about the way she phrased that question. I said that students aren’t “made”, they make themselves. Her reaction was like, “You’re being pedantic,” although she acknowledged that what I said is right. However, I told her that students often feel like they are in a system, in a factory, and that they react negatively to that feeling. It is that fundamental frame of mind that teachers have—that it’s their job to “make” ideal students—that guides them toward educational dead ends. It is a tragic irony that a school surrounded for miles on all sides by farms doesn’t understand that school is like a farm, not a factory. It is organic. Fun activities are like rain and sunshine pouring down blessing and life on a rice field, and boring activities are like drought and locust that turn everything into dust.

To “grow” the ideal student, they need to have a sense of purpose and confidence. To develop that confidence, they need to face challenges and overcome them. However, if they don’t feel any sense of purpose in facing those challenges, and if the challenges are boring, why even try? The challenges need to be fun or else they won’t face the challenges, overcome them, and build their confidence.

Fun challenges give students a sense of purpose that is immediate. Some students can be inspired by translators or business people. Those students can look far into the future and work toward long-term goals. Most other students can’t do that. Instead, they focus on their short-term goals and the challenges they face. Fun challenges immediately give students short-term goals to reach. Do XYZ to win the game!

Imagine you are an 11 year-old boy or girl. Your teacher can say one of two things:

“Today, our goal is to learn how to say ‘Are you from…?’”

OR

“Today, we are going to play Mario Kart, but you need to know ‘Are you from…?’ in order to play.”

Which of the two messages will make you interested in learning the grammar? I think it’s pretty clear that #2 is the obvious choice. #1 requires that students have very long-term thinking and planning, as well as having an interest in English for its own sake. #2 only requires students to think about the goal of playing and winning the game today.

In the classroom, entertainment is a powerful tool for education. Last week, on the train back to my apartment, some of my students stood next to me and talked. They all said that they hated school. They may have only been trying to kiss up to me, but they told me that I’m the only teacher there that they like. One student said that he liked a game that I introduced to his class and that he wanted to play it again. I bet not too many teachers get to hear students say that they want to do school work again.

However, it doesn’t end there. Students spend a tiny fraction of their day in English class. Most of the work of learning English happens outside the classroom! This is another point that I emphasized when talking to the teacher. The teacher understands that input is necessary before output is possible. Before students can speak, they must listen. Before they can write, the must read. Every class, she has the students do “intake reading”, basically memorizing one phrase from the book, precisely because she understands that principle.

However, the input in class is simply too small and too boring to be very effective. No matter who you are, you need extended periods and large quantities of input before you can fluently output. That means that input outside of class is absolutely critical. Homework is the typical way teachers give students more input, but since everybody has done homework before, we all know exactly how boring and ineffective homework is for the average student.

Here again I emphasized the power of entertainment. I used music as an example. When we like a song, we listen to it repeatedly. We listen to the lyrics, and we even sing along. Music is a perfect form of input precisely because students enjoy it, they listen to native pronunciation, and they repeat that pronunciation. Natural shadowing! Hours of input! Jesus Christ, nothing in the classroom comes close in educational effectiveness to the power of music.

At our school, we sing a song before class every day. It’s clear that the teacher has a vague understanding of the educational value and utility of music. However, after we get done singing the song, the teacher has the students read the lyrics as fast as they can in one minute, and then they write down how many words they read. It is a tedious, boring process that sucks the fun out of music. The teacher understands that students get input from music, but she doesn’t understand that if the students are bored, the input they get won’t be nearly as effective.

But, I needed to be more diplomatic when presenting my ideas to the teacher, so I told her that the fun of the activity needs to be emphasized, and anything about the activity that is boring should be considered for removal. The fun of the activity hides the fact that they are learning!

After I gave her a long speech about using entertainment as an educational tool, she asked me what forms of entertainment we can use. I said, “Games, videos, and music.” I hadn’t talked too much about video until then, so at that point I told her the magical power that video has for children. We are socialized at an early age to watch TV. It has a truly powerful ability to draw our immediate attention. Another teacher used some videos recently in her class and commented at how they silently stared at the screen. They were mesmerized.

By that point, for about 40 minutes she had quietly listened and asked me questions about how making class fun was important. However, I understood that many of the classroom activities she makes the students do are meant to keep them busy, and more importantly, under control. Last year, her classes were noisy and didn’t pay attention to her. There would be four or five conversations going on at the same time. It was chaos. This year, there are no conversations because students are constantly busy doing something. Her methods have been effective for controlling the class.

Thus, I understand that she has a great fear of losing control again, and will not be eager to try something new that may cause her to lose control. That’s why I took some time to tell her that entertainment is also a powerful form of control when used effectively. I gave the example of parents and children. Good parents will spend time playing with their kids, and in doing so, they will effectively control their movement and actions. They know where their kids are, and they know they aren’t doing something dangerous or harmful. Bad parents can control their kids by turning on the TV. The power of TV, of video in general, is very great. Video games have a similar power.

So, she can see video not only as a way of giving students a good source of input, information about career opportunities, etc. but also as a form of group control. Other forms of fun, if used well, can be seen the same way. Making class fun doesn’t mean losing control. It can, in fact, mean having more control.

Through my long speeches, she listened carefully, took notes, and seemed generally receptive to my ideas. Our school has been selected as a special research school for English education, and she has been given the task to improve English education, so I think that made her pay special attention to what I had to say. That’s one of the reasons why I said that this was a rare conversation. I doubt most ALTs have the opportunity to influence the teachers they work with as much as I did.

In addition to everything else, I also told her about some activities, in and out of the classroom, I’ve thought about starting. As I’ve written before, I’ve starting walking around school after lunch to give students a chance to hang out with me. Usually the elementary school kids want to play with me. One day, a girl brought a picture book with English and Japanese words. I spent some time saying words with her and the rest of the students crowding around us. Sometimes they would ask me, “Do you like…?” and we would talk about that thing for a bit.

This got me thinking that having more English-related activities after lunch, like watching movies or playing games, would be a good way of giving students fun English exposure earlier in their lives. The teacher is interested in teaching students English culture earlier (specifically, getting them to speak loudly and clearly), so I think she is interested in English-related activities after lunch time.

One activity that I’ve already started is English Radio broadcasts. The school gives me five minutes to do an English broadcast over the school intercom during lunch time. Sometimes I play music, other times I give a short speech and have a quiz. I’ve considered starting to do interviews of teachers at the school (in English, of course). It would let me get to know them more, and it would let the students know that the teachers are capable of speaking English, too. Teachers that I interview will have more credibility when they ask their students to study English. It will also show the students that their teachers have the courage to speak English. They will give a good example for students to follow.

The teacher really liked that idea. We talked about it again, and she wants me to think of how to select the teachers to interview. I predict that I will have much more work to do in the future.
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