2015年1月24日土曜日

日本人とアメリカ人の言論の自由に対しての意見 ・ Japanese and American Opinions About Free Speech

最近、自由について深く考えるきっかけになった2つの出来事があった。

一つ目は三週間前、友達と一緒に経済について話したとき、僕達は完全に反対の意見を持っていることを知った。二つ目は、新年会で、先生と最近のフランスの事件について話したとき、その会話の中で、言論の自由の問題の話が出てきた。

先に僕の意見を出す。僕にとっては自由は絶対だ。政府に自由を制限されてはいけない。だから、僕は無政府資本主義者だ。そういうのは極端な立場だろう。実際、僕は経済と政治に関しては、極端な考えを持っている。アメリカ人の多くはほとんどの問題に対して、僕の意見と賛成するわけではないけど、言論の自由に関しては、僕のように「言論の自由は絶対だ」と思っているアメリカ人は少なくないだろう。この投稿でなぜその意見を持っているという理由を論じる。

フランスの事件に詳しくない人がいるので、少しその事件と事件の背景を説明する。

今月の7日、イスラム教の人は「シャルリー・エブド」というフランスの新聞の社員を13人殺した。なぜかと言えば、その新聞はイスラム教のムハンマドをイラストで侮辱した。その新聞はいろいろな人や組織を侮辱する評判がある。イスラム教だけじゃなく、ユダヤ教、キリスト教、それに政治家など激しく批判する。あまり人気ではないそうだ

日本人にとって、イスラム教を侮辱することは幼稚に見えるかもしれないけれど、もう少し説明したら、フランスの事件は重大な問題の症候だということが明らかになる。

事件後、「宗教を侮辱するのは禁止にしよう」という意見と「言論の自由を守ろう」という意見を持っている二つの側が出てきた。あるイスラム教のイマムは「宗教指導者をイラストすることを違法にしよう」と発言した。「もちろん、私たち(カナダにあるイスラム教徒)は言論の自由を守りたいけど、バランスが必要だ。制限が必要だ。行動規範が必要だ」と、「私たちは聖なる人に対しての下品で無作法な表現が決して言論の自由であるとされないと思う」とも言った。いかにもロシアには宗教的なイラストを出番したりするのは違法で、最近、ロシアの政府はメディアに注意した。宗教を侮辱して、憎悪を引き起こす可能性があるという理由で禁止されている。

一方、国家統一象徴として、さらに言論の自由を守るという理由で、約4百万人のフランス人は「私たちはシャルリーだ」と叫びながら、行進した。その行進に、イギリスの「ザ・ガーディアン」という新聞の論説記者は「私たちの言論の自由は襲われたので、強く守らなければならないのだ」と発言した。

新年会で先生に僕の意見を言ったときに、上のイスラム教の指導者のような答えをもらった。「日本のメディアは韓国人の悪口をして、憎悪を引き起こす。言論の自由を乱用する。言論の自由が大切だけど、そんなヘイトスピーチで多数派は少数派を差別したり、いろいろな悪いことを引き起こす」というような意見を出した。「シャルリー・エブドの新聞のイラストのようなことを違法にしたいですか」と先生に聞いたら、「そこまで行かないけど、この多文化の社会の中に、他人や他の価値観を尊重されてほしい」ということを言った。

もう一人の友達もそういう意見を持っているけど、理由は「他人に優しくしたい」のためではなくて、「自分の命を守ってほしい」のためである。「宗教は特別だから、宗教を侮辱したら、憎悪を引き起こして、さらに危険な状態になる。だから、違法にしたほうがいいと思う」って。友達の意見は全く実際的である。友達のようにそう思っている人は少なくないだろう。

しかし、西洋の社会の中に、その意見を持っている人が少ないと思う。ザ・ガーディアンの代表者は「重要な問題はこの事件が自己検閲を引き起こすのか?なら、敵の勝だろう」と発言した。ザ・ガーディアンが含んでいる協力関係の組織は「シャルリー・エブドに対しての攻撃はただメディアの自由と言論の自由に対しての攻撃ではない。われわれ欧州の民主主義社会の基礎な価値観に対しての攻撃だった」と言った。

イスラム教の人は中東国からヨーロッパに移住するけれど、ヨーロッパの国々は移住者を欧州の社会にうまく溶け込ませないので、イスラム教の人たちは強いコミュニティーを作る。イスラム教の人は欧米の価値観と反対する上、ヨーロッパ人より子供を作るので、ヨーロッパの社会が消える不安がある。

それで、シャルリー・エブドの行為はただの幼稚なことではなくて、事件はただの孤立な攻撃ではないということが明らかになったんだろう。ヨーロッパの中にある文化の衝突の兆候である。

先生や友達と一緒に話したことで、最も興味深いことが分かった。「アメリカの文化の特徴は自由である」とよく言われるけれど、最近の会話をしたまで、その意識を内面化していなかった。頭がよくて、立派な教育を受けた日本人と中国人はいろいろな理由で言論の自由を制限することを求める。少数派を差別するための言論、憎悪を引き起こす可能性がある言論、フランスの事件のような事件を引き起こす可能性がある言論、それとも相手の気分を傷つける言論、などなど制限したり、違法にしたりしたがる。

言論の自由に対して、アジア人が自由を制限しやすいことはアメリカの文化とアジアの文化の違いを強調するだろう。なぜこんな違いがあるのかって?

歴史的に、言論の自由は哲学的な基礎があった。古代ギリシャから、西洋の人々は「哲学」と「理論」を大切にして、哲学と論理で「真」を探していた。その上、観念や行為を「善悪」に分けることも西洋の文化の特徴であった。その起源から、言論の自由は生み出された。ヨーロッパ人は戦争に飽きたので、他人を支配しなくて、一緒に住んで、協力することにしたかった。そのために、論理的な考え方で、言論の自由だけではなく、いろいろな自由を守らなければならないということを決めた。自分の自由だけではなく、相手の自由も守らなければならなかった。

最も大事なことは、自由は倫理的に「良」、さらに自由を奪うのは「悪」だと思った。

もちろん、西洋人はいつもそれらの自由を一貫して守っているわけではないだろう。白人は黒人を長い間に奴隷にして、財産として扱っていた。「真」と「良」の哲学を作ったにもかかわらず、その哲学の実施は一貫ではなかった。しかし、その哲学に信じていた。

一方、中国や日本の文化に対しては、歴史的に、自由や論理が大切にしていなかった。なので、社会に民主主義の価値観を導入したとき、その哲学的な基礎に気づいていなかった。その基礎がなかったら、言論の自由を道具として扱うようになる。国民はその哲学的な基礎の意識がないので、政府はその自由を奪ったら、自由を守る論理的な手段がない。それどころか、政府の行動を「窃盗」や「腐敗」のように見えないより、むしろ「社会を守っている」行動として応援する。

僕は最初から「自由が絶対だ」と書いたから、僕の意見が分かるけれど、その立場を守ってみる。もちろん、これは西洋人の「論理」という特技の登場である。

基礎の原則は「人間は自由」である。そして、誰もその自由を奪てはいけない。誰もその自由を制限してはいけない。人間は平等なので、他人の自由を奪う権利を持っている人はいないのである。

政府に言論の自由を制限する権力を与えたら、その権力は必ず乱用されるのである。第二次世界大戦争の日本政府は政府に反対している人の言論の自由を守らなかった。逆に、「戦争に反対!」と言ったら、逮捕された。政府に言論の自由を制限する権力を与えることは、反対している意見を抑圧する権力を与えることと一緒である。

第二次世界大戦争は遠く感じて、「今、政府はその権力を乱用しない」と思ったら、日本の特定秘密の保護に関する法律は権力を乱用している現在の例である。

言論の自由を守るのは大衆に受け入れない意見を守ることと同じ。少数派に対する政府の差別を阻止するのである。

僕と賛成しない人がいるだろう。ヨーロッパでさえにもいる。実は、フランス人は「言論の自由を守ろう」と言っているけど、政府はそうしていない。ある人はフェイスブックでテロリストを支援している声かけをしているようだったので、彼は逮捕された。その男性は反ユダヤ主義で、テロリストはユダヤ教の人たちを殺したので、彼のFBの投稿を見たら、テロリストを応援しているようであった。彼だけではない。ほかの人も逮捕された。

前に言ったとおり、欧米人は「自由を守ろう」という哲学があるけど、実際的に、自由を一貫して守るわけではない。

ということで、フランス人は自由を制限したい人に隙を与えた。「自由を守ろう」という発言を批判できるように使われる隙。「イスラム教の人として、言論の自由の原理主義者の偽善にはうんざりだ」という記事で、あるイスラム教の人は「いい加減にしてください。私たち(ヨーロッパに住んでいるみんな)の中には無制限の言論の自由に信じている人がいない。法と秩序を保つために、越えられない一線があり、それとも礼儀を保つために越えてはいけない一線があるということにみんなは賛成している。その線がどこに画すかということだけに賛成していない」と書いている。フランスの政府は言論の自由を一貫してい守っていないので、その人はそんなことを言える。フランスの政府の論理で、フランスの政策を攻撃している。例えば、フランスの政府は反ユダヤ教主義のヘートスピーチを言うことを禁止する。つまり、ある程度に言論の自由を制限しているのである。

アメリカ人はフランスの政府の行為を見たら、混乱する。ジョン・シチューアートという人気なコメディアンと政治評論家はテレビでそのテロリスを支援しているみたいな人や他の人を逮捕しているフランスの政府を批判する。「私はシャルリー・エブド」という表現をペロディ化する「私は混乱している」と言った。「われわれアメリカ人も言論の自由の問題で取り組むけど、一般的に、政府が悪いやつが悪いことを言えるあまり失敗する傾向がある」と言った。さらに、逮捕によってじゃなく、もちろん殺人によってじゃなく、嫌な物事を購買することか、購買しないことで、政治的な怒りを表現すると言った。それは自由市場原理である。

ということは、一般的にアメリカ人がヨーロッパ人より言論の自由を大切にしているということを言える。

フランスの事件について日本人と話すことで、日本人とアメリカ人の違いが分かっただろう。もちろん、僕のように考える日本人がいる例外がある。しかし、一般的に、日本人はそんなに自由を守る心がなさそうだ。それはとても残念なことだと思う。

***

Recently, I had a couple of conversations that made me think more deeply about freedom.

About three weeks ago, I had a conversation with a friend about economics in which we held completely opposite views from each other. Then, at a party held after the new year, I talked to my teacher about the recent incident in France, and during that conversation, the issue of freedom of speech came up.

First, I'll start by giving my opinion. To me, freedom is absolute. Freedom shouldn't be limited by governments. That's why I'm an anarcho-capitalist. Such a standpoint probably appears extreme to most people. I do in fact hold rather extreme views on politics and economics. Although most Americans wouldn't agree with me on most matters, when it comes to the issue of freedom of speech, most Americans would agree with my position that freedom of speech is absolute. In this entry, I'll explain why Americans hold that position.

There are probably people that don't know much about what happened in France, so first I'll explain what happened and give a bit of a background on the incident.

On the seventh, some Muslims attacked and killed thirteen people that worked at Charlie Hebdo, a French newspaper. The reason is because that newspaper published an offensive illustration of Muhammed. The newspaper has a reputation for insulting people and institutions. They don't just criticize Islam, they also criticize Christianity, Judaism, and politicians. It appears that the newspaper isn't very popular.

To Japanese people, it might appear childish to insult Islam, but after reading my explanation a bit more, it should become clear that what happened in France is a symptom of a much bigger problem.

After the attack, two sides in a debate emerge, one defending freedom of speech and one saying that insulting religions should be prohibited. One Muslim Imam declared, “Satirical depictions of religious leaders should be illegal.” He also said, “Of course we defend freedom of speech, but it has to be balanced. There has to be a limit. There has to be a code of conduct,” and, “We believe that any kind of vulgar expression about any sacred person of any religion does not constitute the freedom of speech in any way at all.” Indeed, in Russia it is illegal to publish caricatures on religious themes, and recently the Russian government reminded the media of that. It's prohibited with the reason being that such caricatures may be “considered insulting or humiliating to the representatives of religious confessions and groups, and qualified as inciting ethnic and religious hatred.”

On the other hand, as a symbol of national unity, as well as to protect freedom of speech, about 4 million French citizens marched through France with the rallying cry, “Je suis Charlie”, “I am Charlie.” During that demonstration, the editor for the British newspaper, The Guardian, declared, “Our freedom of speech has been targeted and it needs to be strongly defended.

When I gave my opinion to my teacher at the party, I received an response similar to the one by the Imam above. She said, “The Japanese media says nasty things about Koreans and incites hatred. They abuse freedom of speech. Freedom of speech is important, but the majority discriminates against minorities through hate-speech like that and causes a bunch of bad things to happen.” When I asked if she thinks that things like the Charlie Hebdo illustration should be illegal or not, she said something like, “I wouldn't go that far, but in a multi-cultural society, I'd like other people and ideas to be respected.”

I have another friend that feels the same way, but not in order to be kind to others, but rather to protect one's own life. “Religion is different,” she said, “so if you insult religion, it can incite hatred and create a dangerous situation. So, I think it should be illegal to do so.” Her opinion is completely pragmatic. I'd bet that many people share her opinion.

However, in western nations, there are probably not so many people that feel that way. A representative of the Guardian declared, “The key question is whether this will lead to self-censorship? If there is, the assassins have won.” A partnership of newspapers that includes the Guardian said that the, “attack on Charlie Hebdo is not only an attack on the liberty of the press and the liberty of opinion, it is an attack on the fundamental values of our European democratic societies.”

Muslims emigrate from the Mideast to Europe, but European countries don't allow them to assimilate easily into European society, thus they create strong Islamic communities. On top of having values that are opposed to western values, they have more kids, so there is some concern that European society might disappear.

With that, it should be clear now that Charlie Hebdo's behavior wasn't simply an immature act, and that the attack wasn't an isolated incident. They are a symptom of a culture class in Europe.

Talking with my friends and teacher helped me realize something even more interesting. It's often said that “freedom” is a characteristic of the US, but until my recent conversations, I hadn't fully internalized that. Well educated and intelligent Japanese and Chinese people have many different reason for why they want freedom of speech to be limited. They want speech that discriminates against minorities, speech that incites hatred, speech that may possibly cause an incident like that in France, or speech that might hurt other people's feelings, etc. to be limited and made illegal.

When it comes to freedom of speech, the fact that Asians are so willing to limit freedom emphasizes the difference between their cultures and American culture. Why is it so different, you ask?

Historically, freedom of speech had a philosophical foundation. Since Ancient Greece, westerners have been quite concerned with philosophy and logic, and have used them to search for “truth”. On top of that, another characteristic of western culture is the separation of ideas and behaviors into “good” and “bad”. From those origins, freedom of speech was born. Europeans got sick of wars, so instead of trying to dominate others, they wanted to live and cooperate with each other. In order to do so, thinking logically, they decided that not only freedom of speech, but many other freedoms needed to be protected. They needed to protect not only their freedom, but also the freedom of others.

More importantly, they believed that freedom was ethically “good”, and that taking away freedom was “evil”.

Of course, westerners haven't always protected those freedoms consistently. White people enslaved black people and treated them like property for a long time. In spite of the fact that they made “true” and “good” philosophies, they didn't always apply them consistently. However, they did believe in them.

On the other hand, cultures like in Japan or China historically didn't value freedom or logic. Thus, when they introduced democratic values into their societies, they weren't aware of the philosophical basis for those values. Without a foundation, freedom of speech will simply be used as a tool. Japanese citizens are not aware of that philosophical foundation, so if their freedom is taken away by the government, they have no logical means of protecting their freedom. On the contrary, they don't see the government's actions as “theft” or “corruption”, rather, they support those actions as protecting society.

At the beginning I wrote that I believe freedom is absolute, so you can probably understand my opinion on the matter of free speech, but I will try to defend that position. Of course, this is where that western “logic” comes in.

A fundamental concept is, “Humans are free.” Nobody is allowed to take away that freedom. Nobody can limit that freedom. Humans are all equal, thus nobody has the right to take away the freedom of others.

If you give the government the power to limit freedom of speech, the government will inevitably abuse that power. During WWII, the Japanese government didn't protect the freedom of speech of Japanese citizens that were against the war. Quite the opposite, they imprisoned anybody that said they were against the war. Giving the government the power to limit free speech is the equivalent of giving the government the authority to suppress opposing views.

WWII might feel a thousand miles away, and you might think that the government now won't abuse their power, but a modern example of an abuse of power by the Japanese government is in the Special State Secrets legislation that came into force late last year.

Protecting freedom of speech is the same as protecting unpopular opinions. It prevents discrimination by the government against minorities.

I'm sure there are people who don't agree with me. Even in Europe there are. Actually, French people say that they should protect freedom of speech, but their government isn't doing that. One guy was arrested because he posted something on Facebook that seemed to support the terrorists. He is anti-Semitic and since the terrorists killed some Jews, looking at his FB, he seemed to support the terrorists. And it isn't only him. Others were arrested, too.

As I said before, westerners have a philosophy of protecting freedom, but in practicality, they don't always consistently protect freedom.

And with that, the French gave an opening to those that want to limit freedom. They gave an opening that can be used to criticize the declaration to protect freedom. In an article titled, “As a Muslim, I’m fed up with the hypocrisy of the free speech fundamentalists”, one guy writes, “Please get a grip. None of us believes in an untrammelled right to free speech. We all agree there are always going to be lines that, for the purposes of law and order, cannot be crossed; or for the purposes of taste and decency, should not be crossed. We differ only on where those lines should be drawn.” He can say that because the French government isn't protecting freedom of speech consistently. He is using the French government's own logic to attack it's policies. For example, the French government forbids anti-Semitism. In other words, it limits free speech to a certain extent.

When Americans observe the French government's behavior, we are confused. John Stewart, a popular comedian and political commentator, criticized the French government's arresting of those that seemed to support the terrorists' actions. In a parody of the expression “Je suis Charlie/I am Charlie”, he said, “Je suis confused”. “We have similar speech related struggles here in American, generally erring on the side of the government allowing shitty people to say shitty things.” Moreover, he said that we express our political outrage not through arresting or murder, but through the purchasing or not-purchasing of things we consider offensive. That's a free-market concept.

With that, you can say that, generally, Americans value freedom of speech more than Europeans do.

Talking to Japanese people about the problem in France helped me understand one difference between Japanese and Americans. Of course, I'm sure there are some exceptions of Japanese people that feel the same way I do. However, in general, Japanese people don't really have a desire to protect freedom. I think that is quite unfortunate.
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