2012年12月29日土曜日

投票するのは無意味だ その2

賛成できるところと賛成できないところもある乙武さんの書いたことは4つ。入れたいと思う政党や候補者がないと思う投票者について書いている文章の中に、政治家を信用できない考え方はメディアのためだと書いているけど、政治家は約束を守らなかったりしたら、信用できるわけじゃないだろうか。「政権を取ったら、原発を全部廃炉する」とかの約束は政治家の一番好きな表現でしょう。

メディアは確かに強い影響を与えるけど、「全部の政治家を信用できる!」と言っても、政治家は約束を守らなかったら、信用できないでしょう。政治力を積み重ねたい政治家はいつもそんな気持ちよくする言葉を言うけど、結局、やりたいことをする。

まあ、除外もある。アメリカの政治といえば、妊娠中絶に反対と応援とはそんな除外。反対する政治家はいつも反対する可能性が99割で、応援する政治家も同じ。その約束を守らないといけない。しなかったら、国民はすごく起こるから。

しかし、乙武さんのおすすめのように、妊娠中絶が「絶対ここだけはイヤだ」としている人が多い。そんな行動もダメだ。狭い考え方なんじゃないか。政治家はすごい力を持っている。1つの課題だけではなくて、いろんな課題に影響を与える。各課題は経済とお金と繋がっているから、1つの課題に集中するのはすごく甘い。「絶対ここだけはイヤだ」という考え方に基づいて投票したら、何も変わらない。その「ここ」を生かす政治家が多いから。

アメリカの民主党と共和党はいつも逆の意見を言うけど、よく考えたら、両党は政治力を増えたい。福祉のプログラムと政治力を減ると言う共和党の政策を考えたら、本当にそうじゃないと気づく。逆だ。理想を壊して、「具体的な政策」にする。

「具体的に考える」という政治家は信用できるものではない。本当に何か変えたい政治家がいても、投票されるわけじゃない。変化は国民に怖いし、その変化に反対の国民も多いし。基本的に、ほとんどの人は何の課題でも、「政府は問題を直す責任がある」と言う。でも、直せる力を渡したら、もっと問題を作れる力とともに渡すだろう。その力を具体的に考える政治家に渡したら、自分のことだけを考えて、国民をだましたりする。

僕はロン・パールという政治家が好きだったけど、投票されなかったから、ほとんどの人は本当に国を変えたくないと気づいた。ただ、自分の意志を他人に押し付けたいというわけだ。そんな人はフランツ・オッペンハイマーと呼んだ「政治的手段」で世界を変えることを選んでいる。

ただし、僕は自分の意志を他人に押し付けるより、むしろ「経済的手段」で世界を変えたい。だから、ビジネスの授業を取っている。ビジネスで他の人を応援して、世界をいいところにする。信用できない政治家に責任を与えるより、自分で責任を取って動かないといけないと思う。投票するのは無意味だけど、自分の力で社会問題を直すのは無意味ではないでしょう。
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